IoTが変革する医療

 先日、欧州の大手電気・家電機器メーカーが、利益率の低い家電分野の競争から撤退するとの記事を読んだ。安価で利益率の低い「家電」からヘルスケア、健康をモニタリングする機能を有するいわゆる「医電」に切り替えるというのだ。
 「医電」とは例えば、テレビや掃除機、洗濯機や冷蔵庫、空気清浄機などがセンサーを通じて、稼働状況や吸い込んだ塵埃等を分析し、家族の健康状態や生活環境の変化をモニタリングすることにより、健康管理・病気予防に役立てるというもの。これまで主にコストの割に得られる情報が少なく活用しにくいことから、普及には至らなかったが、ここに来てIoT (Internet of Things : モノのインターネット)の爆発的な進化によって急激に現実味を帯びてきた。
 洗濯機や掃除機に分析機能を持たせるのではなく、それぞれの機器がWiFi等でネットにつながる機能さえ持てば(IoT)、データを送信、クラウド上で全ての分析(膨大なビッグデータと照らし合わせてリスクを評価等)を行い各家庭にフィードバックするという仕組みだ。IoTで初めて実現が可能となるサービスでもある。ここであらためて思うのが、IoTによってモノの本質が変化してきているということだ。掃除機の目的が掃除のためだけでなく、健康管理器具に変貌しようとしている。
 恐らく今後、成熟した高齢化社会の関心ごとは、ますます健康・医療・福祉によりシフトしていくと思う。これに伴い、これまで健康とはまったく関係のなかった製品が、IoTによりヘルスケア分野で応用、活用される可能性は高いと見ている。

 急激な超高齢化社会が迫り、医療費の削減も急務となる昨今、「病気の治療」ではなく、「病気の予防」は最大の解決策であり、高齢者のQoLにも大きく貢献する。IoTが今後の医療に果たす役割は非常に大きいと思う。

 また、IoTは家庭の健康だけでなく、病院等の医療施設にも大きな変革をもたらすポテンシャルを秘めている。手指衛生剤や個人防護具PPEのディペンサーがIoT化してネットにつながれば、収集したビッグデータから遵守率の向上だけでなく、感染率との相関も考慮すれば、新しいカタチの感染予防策が生まれる可能性がある。また、環境のモニタリングは不要と言われて久しいが、モニタリング装置がクラウドにつながれば、ビッグデータから高頻度接触面の検知やそこに存在する病原体の種類や量までも画像データから抽出できるかもしれない。これは別のテクノロジーだが、実際レーザーによってリアルタイムで環境中の病原体の特定(種類や量まで)は実用可能なレベルまできている(コストのハードルがまだ高すぎるが)。
 また、これは極論だが、医療機器のIoTだけでなく、患者自身がネットにつながれば、病院に入院する必要も極端に減るのではないか。生体情報や画像データをリアルタイムにモニタリングし、容態に応じてクラウド上の人工知能がある程度の指示や処置までできれば、医療費も大きく削減できるはずだ。もちろん、法律の壁は厚いが、厚労省の資料(在宅医療・介護の推進について)でもあるように国民の60%以上が「自宅で療養したい」と答えていることも忘れてはならないと思う。IoTが実現する「新しいカタチの病院?」とは、病床は各家庭にあり、それらをクラウド上でリンクさせ、集中管理するというもの。この発想は、我々の医療ビジネスを根本的に変革する破壊的なインパクトを持っている。

 全てのモノがネットにつながる社会、今後は人が身につけるウェアブル端末によってモノだけでなく人もつながっていく。プライバシーの問題も色々言われてきたが、いつの間にか曖昧になり、人は自らfacebookでせっせと自分がどこにいるかを位置情報付きのスマートフォンでアップしている。グーグルCEOのラリー・ペイジもネットにつながったコンピューターが多くの仕事をする未来に対し、「あなたはこんな現実は嫌だというかもしれないが、必ず起こることなんだ」と言っている。大きなお世話だと言いたくもなるが笑、人類はテクノロジーの進化を止めることはできない、例えそれが将来自分たちの首を絞めるリスクがあろうともだ。今後は考えられるリスクを回避するための規制や法律の策定が必須だが、真に患者さんのためになるモノになるのであれば、個人的には医療分野におけるIoTの推進は大賛成なのである。

※写真は究極のウェアブルディバイス、スマート・コンタクトレンズ
Google [X]によるスマート・コンタクトレンズ
装着者の涙の成分データを無線で外部機器にリアルタイムで通信する。

*参考文献;村井純, デジタル・ファブリケーション時代が到来する IoTという新たな産業革命
The Next Industrial Revolution will be Driven by the Internet of Things,
Diamond Harvard Business Review April 2015

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